昭和33年に誕生しヒットした商品たち

初代スーパーカブ号C100が販売されたのは昭和33年8月です。
同じ年の12月には東京タワーが完成しました。
東京タワーは街のシンボルとして知られるようになったのです。

昭和30年代というのは、日本経済の急成長期でした。
人々は決して豊かとはいえない生活だったのです。
しかし、豊かな心を持っていた為裕福だとも言えた頃でした。

また、この時代は2輪産業が急成長期ともなりました。
同時期にヒットした商品もあります。

東京タワー、野球盤

東京タワーは正式名称を日本電波塔と言います。
昭和32年起工・翌33年12月23日に完成しました。
21万9335人もの建設所要員、総工費28億円掛ったそうです。
333mという世界一の高さを誇ります。

昭和33年は川上哲治選手の引退と長嶋茂雄選手の新人王に沸いていました。
日本シリーズでは西鉄ライオンズが優勝した年でもあります。
そしてエポック社から発売されたのが野球盤です。

最初は手作りの為1,750円と高い値段でした。
大卒の初任給が13,500円だった頃です。

その後680円で普及型が発売されるとたちまちヒットしました。
今でも売られていて累計1,000万台となっています。
見た事のある人もいると思います。

スバル360、アサヒ缶ビール

この年の3月3日に富士重工業からスバル360セダンが発売されました。
スバル360は「てんとう虫」とも呼ばれていたそうです。
当時出ていた国産車は100万超えでした。

スバル360は425,000円という価格だったのです。
年間での売り上げ台数は66,000台だったといいます。
4人乗りでモノコックボディ、最速83㎞/hで昭和45年まで売られていました。

また、この当時のビールは瓶入りでした。
朝日麦酒から缶ビールが発売されます。
缶切りの爪を使って穴を開けてから飲むものでした。

瓶入りのものより軽くて持ち運びやすかったのです。
昭和40年になると、プルトップの缶ビールも発売します。
価格は350ml75円でした。

瓶入りから缶へ

フラフープ、チキンラーメン

この年の10月18日、フラフープがアメリカから上陸します。
270円という価格で、子供達の間で大ヒットしたのです。
1ヶ月で80万本という売り上げとなりました。

しかし、腸捻転になるという噂が出た為学校で禁止となったのです。
そのため、瞬く間に流行しなくなってしまいました。

8月25日にはチキンラーメンが日清食品から発売されます。
当時うどんが1玉6円でしたがチキンラーメンは35円でした。
問屋は高価だと思っていましたが、発売した途端完売したのです。

生産量も400食からでしたが、翌34年には6000食にまで広がりました。
チキンラーメンを知らない人は最早いないです。
インスタントラーメン時代の草分け的存在です。

フラフープはあっという間に過ぎ去った

高品質鉛筆ユニ、月光仮面

この年の10月1日に販売されたのが三菱鉛筆のユニです。
デッサンも製図も出来るという質の高い鉛筆だったのです。
この頃の鉛筆は普及品で1本10円、高級鉛筆で1本20円でした。

ユニは1ダースで600円1本50円という高さだったのです。
書き味がこれまでの鉛筆に見られないくらい滑らかで大ヒットしました。

『月光仮面』はコミック界で当時の子供達にとってヒーローでした。
この年の2月24日に放送が始まりました。
月曜日から土曜日夕方18時から15分でした。

ところが、月光仮面の真似をして怪我をする子供が出始めたのです。
この状況に大人達から非難が集中してしまいました。
翌年の34年7月およそ1年半で放送は終了しました。

まとめ

昭和33年にはさまざまなものが誕生しヒット商品となりました。
当時を知っている方にとっては色々と懐かしいのではないかと思います。
当時を知らずとも現在まで知られている商品もあります。

チキンラーメンやアサヒビールを知らない人はいないはずです。
子供時代、月光仮面に憧れていたという人もいるのではないかと思います。

ユニの鉛筆を使っていたという人もいるかもしれないです。
フラフープを持っている方もいると思います。